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砂時計

砂時計を買った。のめり込んでしまいがちな作業に区切りを入れたいが、タイマーのように強制的に中断させられたくはなかった。本当に集中しているときは砂が落ちきるがままにさせて欲しいし、気が散っているときにはサラサラと流れ落ちる砂を漫然と眺めていたかった。何より、時間の流れを最も原始的な仕方で体感してみたかった。砂というありふれた素材を重力を使って落とし、砂の量と中空の管の細さによって時間を調節する。何千年も前からあったに違いない、この単純な仕掛けが好ましかった。

用途が用途なので30分計を探していたが、砂時計というものはふつう3分とか5分とかいった短い時間を計るためのものらしい。Amazonのレビューを見てみると「まだ時間感覚が分からない子供に時間の使い方を目で覚えさせるため」とあって、それは自分のことだと思った。6個セットのものしか見つからなかったので、そんなにたくさんは要らないのにとぼやきつつ買って、部屋が砂時計だらけになった。

砂時計といえば隠者の庵のアイテムだと思っていたのだが、買った6つは赤い砂の1分計から紫色の30分計までが虹色のグラデーションになっていて、意図せずおしゃれなインテリアになってしまった。手のひらサイズの小ささなので、お気に入りの青の15分計をケースにしまってどこへでも連れて行っている。カフェに座ると取り出して、底をつまんでクルッとひっくり返す。コトリという音を立てて天地が逆さまになり、時間が流れ始める。糸のような砂柱を横目で見やりながら本を読み始める。精神の調子が良いときはときどき砂時計の方を見やり、まだたくさんある残量を確認しては作業に戻る。調子が悪いときは砂が落ち切っているのに気づかず、だいぶ経ってからひっくり返すが、また時間切れに気づかない。そういうときは早々に時計をしまって帰ることにしている。(これに似た体調のバロメーターを使っていたのに気づいた。コーヒーカップの残量だ。自分はコーヒーの減り具合で時間経過の主観的な量をおおよそ知ることができる。体調が良いときはちびちび飲んでその香りを楽しめるが、悪いときには気づかずガブガブ飲んでおり、バウムクーヘンも即座に貪り尽くしてしまう)

本当に15分なのか計測したことはないし、故障もしばしばあると聞くので、残量が多すぎるときは砂が詰まっているのではないかと本気で疑うこともある。時間の流れが速く感じるときは、目を離しているときだけ滝のように流れ落ちてはいないかと冗談で思ったりもする。そんな感じで砂時計と仲良くしており、要らないと思っていた他の仲間たちもなんだかんだで便利に使っている。黄色の5分計は廊下に置いて身支度をするときに、黄緑の10分計は食卓机に置いて朝食のときに、橙の3分計はカップ麺や紅茶を淹れるときに、それぞれひっくり返している。

ところで目当てだった紫の30分計は勉強机に置いているのだが、意外と長すぎると感じる。どうやら計りたい時間より短めの方が使いやすいらしく、例えば30分を計りたいなら15分を2回計るほうがよい。それに読書や執筆などは終わりの時間が決められているわけではなく、自分の集中が切れたら終わりなので、15分をnタームという仕方で計るほうがいい。ちょうど砂も落ち切ったことだし、と切り上げる口実も作りやすい。

このように、砂時計の本質は繰り返し何度でもひっくり返せることにある。砂時計の上下は対称であり、天は地となり、地は天となる。失われた16:15〜16:30の15分間は決して戻ってこないし、その後の16:30〜16:45によって埋め合わせをすることもできないが、この不可逆性は砂時計のひと振りによっていともたやすく救済される。円環というよりむしろ、寄せては返す波のような往復。それも往路と復路とが区別されない単なる反復。時間を使う後ろめたさを少しだけ慰めてくれる気がしている。

ちなみに買った砂時計はこれ(Amazon)