自分が見るものを見る
この映像の意味を答えよ、これは何に見えるか──これは樹木に触っている映像だ。私は点の結び方を答える。だが私は、映像がその仕方で読み取られている、ということをどこから知るのか。というのもその結び方それ自体は、私が見ている当の映像の中には書き込まれてはいないのだから。
それでも私は渡された白紙の「点つなぎ」を見ているのではなく、それを自分で結び合わせたものを見ているのだ。諸々の点だけでなく、それの一定の読み方まで書き込まれた完成形の像を。それは絵の読み方をもあらかじめ描き込んだ絵、自らの解釈され方を自ら指定する像である。そして対象的世界というのはただ、この完成形の像の内にのみ存在することができるものなのだ。
しかし私は絵の読み方を示す線を、与えられた絵の中に直接、書き込むことはできない。それゆえこの完成形の像、私が書き込みを入れた像は、世界内のどこにも現存しない。そしてそれは、意識の内にもそれ自体として(即自的に)存在することもできない。というのも誰かが現在、私の知覚像を覗き込んでいるとせよ。彼は私が見ているもの全てを見ることができるが、しかし私がそれを何として(als was)捉えているかを彼は見ることができない。彼も私も同じ絵を見ている、加えて私はそれに線を引く。ただし透明なインクで、あるいはこっそりと心の中で引く。この書き込みは何にも痕跡を残さない。
まさにこの意味においてこそ、完成形の像は世界の内に存在せず、ただ意識の内にのみ存在することができるものなのだ。その線は意識の境域の内でのみ息をすることができ、決して意識の外へと出ていくことができない。むしろ「意識」とはただこういうことを言うのだ。ひとが私の意識映像を丸ごと録画したとしても、私がその映像をこの仕方で見たということだけは──つまり私の意志は──決して複製されないだろう。たとえ他人の意識像の録画であろうと、それは私に見られるときにはつねに私の意識像になってしまう。それが意識である。
ある絵を私がある一定の仕方で捉えるとき、その捉え方自体をそちら側に描き込むことはできない。私はそれを直接識る。しかし、この捉え方すべてが相関的に描き込まれた絵が存在する、意識の内にのみ。
なかなか口を割らない犯人にこの録画装置をつけてみるとしよう。彼の内語もイメージもすべてモニター上に映し出される。心の中で悪態をついてもお見通しだ。しかし捜査は捗らなかった。なぜか。
簡単のため、彼が採用している言語体系は我々の言語と同じであるとしよう。彼の言う「赤い」が暑さを、「違う」が肯定を意味したりはせず、我々と同じ意味で言葉を使うと信じていい。それでもうまくいかないから。
彼が心の中で「自分はやっていない」と言うのが見えた。だが彼はどういう意味で言ったのか? いや、違うな。そういうことなら、彼は「自分はやっていない」という意味で言ったのだ、ここでの仮定からして。そうではなく聞きたかったのは、彼はその言葉とそれの意味の背後で何を企んでいたのか、ということだった。つまり、言葉とその意味において何を意図していたのか。
意識にとって本質的な事柄は何も、そのモニターには映し出されないように思われてくる。騙すつもりで発した言葉でも、出力された言葉しか映らない。単にそのモニターに表示させるためだけにわざと発した言葉も、本心から発した言葉と同列に表示されてしまう。
この難点が明らかになる前は、捜査官は素朴に、心の中で「あれは自分がやった」と言ったのが確認できれば逮捕しようとしていた。だが「やってない」の方だけ真意を疑い、「やった」のほうは言っただけでそう思っていたと決め付ける、その根拠はどこにあるのか。それは合理性でしかない。ひとは誰しも牢屋に入りたくなどないはずだ、等々。では私はどうして、私が言っていることが本心からのものだと知っているのか──それは自明だ、私が見ている言葉を見れば分かる。だって嘘の言葉は真っ赤な色をしているではないか、モニターには映らないかもしれないが。
実は色なら誰の言葉であっても色つきで見えているのだ。モニターに映った犯人の言葉は、捜査官である私にだって赤色に見えている。というのも私も私が見たモニターを見るのだから。彼だけが見ていると思った色は誰にでも見えている。私と彼が見ているものは証拠において同等である。
彼が何一つ不審なところなく振る舞っているのに嘘っぽく見えるなら、その振る舞いは私には直接、そう(嘘っぽく)見えるのである。ただそれを直接証拠にはしないだけで。対して、この同じ印象を自分自身に対して持つなら、そのとき私は実際に嘘つきである。
彼が発言する。彼も私も同じ言葉を見ている。加えて私はそこに透明な引用符が書き込まれているのを見る。確かに彼は本心からそう言っている、と判断しながら。しかし彼の方でもその引用符を自分の発言に見ていたかもしれない。自分はまるで嘘をついているみたいだ、と感じながら。この書き込みはそれぞれ、何にも痕跡を残さない。
言葉を用いて相貌を伝えることは出来ない。言葉は相貌の上に築かれたものだからだ。
— Redundanz, 2017-09-17